社員が10人に近づくと、社長の手が急に止まります。人が増えた分だけ、判断と調整の数が増えるからです。
この記事では、社長が手放していい仕事の見分け方と、実際に渡すまでの手順をまとめました。10人前後で増える手続きも、あわせて確認できます。
この記事でわかること
- 社長の手が止まるのは、能力ではなく「渡し方」が決まっていないから
- 手放す順番は、やり直しがきく仕事から
- 常時10人以上になると、就業規則の届出などの義務が発生する
10人の壁で、社長の手が止まる理由
社員5人のころは、社長が全部を見ていても回ります。目の届く範囲に全員がいるからです。
10人に近づくと、ここが崩れます。社長が見ていない時間に仕事が進み、判断待ちの行列ができる。
多くの会社が、同じところでつまずいています。
- 自分でやったほうが速いので、結局また自分がやる
- 任せたいが、手順を説明する時間がない
- 渡した仕事の出来が気になり、最後に自分で手を入れてしまう
- 誰に何を頼んだか、社長しか把握していない
- 社長が1日休むと、決まることが止まる
能力の問題ではありません。渡し方が決まっていないだけです。
常時10人以上になると、手続きも増える
人数が増えると、法律で求められることも変わります。ここは後から気づきやすいところ。
常時10人以上になったら、就業規則の届出と安全衛生の担当者選任が必要
常時10人以上の従業員を使用する場合、就業規則を作成して所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。変更したときも、同じく届出が必要です。
もうひとつ。常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場では、安全衛生推進者または衛生推進者を選任しなければなりません(労働安全衛生法第12条の2)。
建設業・製造業・運送業・旅館業・各種商品小売業などは安全衛生推進者、それ以外の業種は衛生推進者という区分です。どちらも「職場の安全と健康の担当者を1人決める」という趣旨。
人数の数え方や自社がどちらに当たるかは、社会保険労務士に確認してください。パート・アルバイトを含めるかどうかで結論が変わることもあります。
手放していい仕事の見分け方
全部を均等に渡そうとすると、かえって混乱します。先に「社長がやらなくていい仕事」を切り分けてください。
分け方の軸は2つだけ。判断の重さと、やり直しのききやすさです。
| 分類 | 中身の例 | 渡し方 |
|---|---|---|
| 今すぐ手放す | 日程調整、請求書の発行、資料の体裁直し、定型の返信 | 手順を書いて丸ごと渡す |
| 手順を作ってから手放す | 見積作成、採用の一次面談、SNSの投稿 | 判断の基準を決めてから渡す |
| 一部だけ渡す | 顧客への提案、採用の最終判断 | たたき台づくりまでを渡す |
| 社長が持ち続ける | 事業の方向、値決め、人の採否、お金の最終判断 | 渡さない |
ポイント:やり直しがきく仕事から渡す。取り返しのつかない判断だけを、社長の手元に残します。
迷ったときは「失敗しても、どれくらいで元に戻せるか」で考えてください。1日で戻せる仕事なら、渡して覚えてもらったほうが早い。
逆に、値決めと人の採否は後から戻せません。ここを部下に丸投げすると、現場が苦しみます。
掲載社長の実例:27名のチームを1人で回す考え方
Rootsに登場した株式会社エグゼマッチ 代表取締役の猪谷進介さんは、社員1名・業務委託27名という体制でチームを動かしています。人数だけ見れば、10人の壁をとうに越えた規模。
猪谷さんが時間を使っているのは、作業ではなく接点のつくり方でした。
重視しているのは、1回の会話の長さよりも回数。
猪谷進介さん(株式会社エグゼマッチ)
長い面談を月1回入れるのではなく、短い会話を何度も重ねる。業務と関係のない話題も混ぜて、相手の希望や小さな変化に気づけるようにしています。
最初の段階では短くても頻繁に話し、安心して本音を言えるようになったら、徐々に頻度を減らしていきます。
猪谷進介さん(株式会社エグゼマッチ)
任せる相手を選ぶ基準も、はっきりしていました。
私が求めているのは、「誠実さ」と「学ぶ意欲」です。
猪谷進介さん(株式会社エグゼマッチ)
スキルは後から伸ばせる、という前提に立った基準です。だからこそ、できなかったことを正直に報告してくれるかどうかを先に見ます。
画一的な働き方を求めるのではなく、それぞれが力を発揮できる方法を一緒に探したい。
猪谷進介さん(株式会社エグゼマッチ)
手放すと、別の仕事が生まれる
株式会社With 代表取締役の秋枝紗由里さんは、一人で請けていた時期と、人に頼むようになってからの違いをこう話しています。
一人でやっているときは、自分がやった分だけ報酬を受け取るシンプルな形でした。
でも、人にお願いするとなると、資金繰りも人間関係も、組織としての運営も必要になります
秋枝紗由里さん(株式会社With)
仕事を渡すと、その分だけ別の仕事が増えます。資金繰り、品質の確認、情報共有の段取り。
ここを見込んでおかないと、「任せたのに前より忙しい」という状態になります。秋枝さんが大事にしているのは、意見のすり合わせの場でした。
小さい会社だからこそ、一枚岩になっていないと前へ進めません。
なぜ嫌なのか、なぜ今は待ってほしいのかを、きちんと話し合えることが大事だと思っています
秋枝紗由里さん(株式会社With)
渡して終わりにしない。断られたときに理由を聞ける関係が、次の任せ方を決めます。
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任せるまでの5ステップ
ステップ1 1週間、自分の時間を書き出す
手帳でもスマホのメモでもかまいません。「何に」「何分」使ったかだけを、1週間ぶん残します。
記憶で振り返るとどうしても甘くなる。実際に書き出すと、思っていたより作業に時間を取られているとわかります。
ステップ2 社長しかできない仕事に印をつける
書き出した一覧を見て、前章の4分類に振り分けます。印がつかなかったものが、手放す候補です。
このとき「自分のほうが上手い」は判断に入れません。上手いかどうかではなく、社長でなければ決められないかどうかで分けてください。
ステップ3 渡す仕事の手順を箇条書きにする
きれいなマニュアルは不要です。A4で1枚、箇条書きで足ります。
書くのは3点だけ。やる順番、判断に迷ったときの基準、報告の相手と期限です。
録画や音声でもかまいません。社長が実際に作業しながら手元を録る方法なら、10分で済みます。
ステップ4 任せる相手と確認のタイミングを決める
任せる相手を決めたら、同時に「いつ確認するか」を決めます。ここを決めないと、社長が気になったタイミングで横から口を出すことになります。
おすすめは、最初の2週間だけ頻度を上げる形。猪谷さんの「1回の会話の長さよりも回数」と同じ考え方です。
ステップ5 2週間後に手順を直す
渡した仕事は、必ずどこかで詰まります。詰まった場所をそのまま手順書に追記してください。
これを2〜3回くり返すと、手順書が実務に合ってきます。次の人に渡すときの時間も、大きく縮まります。
自社でたしかめる5つの質問
- 社長が1週間休んでも、止まらずに動く仕事はどれくらいありますか
- 「自分がやったほうが速い」が理由で抱えている作業はありませんか
- 渡した仕事に、確認のタイミングを決めていますか
- 手順書(箇条書き・録画でも可)がある仕事は何件ありますか
- 常時10人以上になった場合の就業規則の届出と、安全衛生推進者・衛生推進者の選任は済んでいますか
ひとつでも「いいえ」があれば、それが次の一手です。全部を同時に直す必要はありません。
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まとめ
10人の壁は、社長の力不足ではありません。渡し方が決まっていないだけです。
まずは今週、1日分でいいので自分の時間を書き出してみてください。そこから「社長でなくても決められる仕事」を1つだけ選んで、手順を箇条書きにする。
猪谷さんも秋枝さんも、特別な制度を入れたわけではありませんでした。短い会話を重ね、理由を話し合える関係をつくっただけ。
最初の一歩は、手放す仕事を1つ決めること。1つ渡せた経験が、次の2つ目をずっと軽くします。社長の時間が空けば、その分だけ会社の先が見えるようになります。
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